コラムを始める前に
2009年3月22日
プロフィール
私が旅行業界に足を踏み入れたのは、あの日航機墜落事故の1年4ヶ月前の1984年のことです。一緒に入社した仲間から、一番に辞めるのはこの私だと予想されていました。断トツの一番人気だったと記憶しています。そんな私が結果的には最後まで旅行業界に残ることになり、人生とは不思議なものであると実感しています。私が最後まで残った理由は、ほんとに運に恵まれた人生であったと一言で片付けられそうです。
運の良さの一つ目は、定期的なジョブローテーションです。今思えば、仕事に飽きることなく、概して楽しく仕事ができたように感じられます。最初は、海外手配。手配と言ってもアフリカのケニア・タンザニア、南アフリカ、セイシェル諸島、エジプト、トルコ、アジアのバリ島やモルジブなど聞いただけでも楽しそうな地域のものです。しかも、ファックスがまだ普及していない時代で、テープに穴を開けて文字を作るテレックスで海外と交信をしていました。
航空座席の仕入れ、コントロールの仕事をした後、今ほどメジャーではなかったクルーズ業界の仕事も舞い込んできました。クルーズ業界では、欧米のクルーズ会社の総代理店の仕事から、企画、販売、添乗まで経験させていただき、世界中の海域に到底自費では参加できない豪華客船で旅ができたことは運が良いとしか思えません。マネージメント職になってからは、企画募集の仕事が中心で、海外マラソンをはじめいろいろな企画ものを経験させてもらいました。
運の良さの二つ目は、良い上司に出たったこと、良い同僚に出会ったこと、良い友人に出会ったことが挙げられます。いくら感謝しても足りないと思えるぐらいの運の良さです。
三つ目の運の良さは、マラソンとの出会いです。同行した海外マラソンツアーで完走した参加者の達成感を見て不思議に思い、自分でも走り始め、その1年後にその達成感の不思議の謎を解明しました。また、このマラソンとの出会いは健康面だけでなく、仕事面にも、人生全体に大きな影響を与えたかもしれません。
四つ目の運の良さは、1998年にこのノエビアツーリストに移ってから、数多くのインセンティブツアーの運営ができたことです。それは今まで私が経験した旅行ビジネスの知識と経験を繋ぎ合わせ、そこに大好きな新しい創造や発想を組み入れる仕事だったのです。2001年の米国テロ(911)事件や2002年~2003年のサーズ(重症急性呼吸器症候群)事件もありましたが、お蔭様で10年以上に渡り、ある意味旅行の集大成のような大型インセンティブツアーを数多く体験することができ、さらに多くのことを学ぶことができたことは、運が良いの一言では片付けられません。
私個人のプロフィールを書くことには抵抗がありましたが、あえて書いた理由は、これから旅行に関して、特に大型インセンティブツアーに関してのコラムを書こうと思ったからです。コラムを読む方が、どんな人が書いているか少しでもわかってもらった方が良いと思ったからです。これから発表されるコラムは“運の良い”人が書いています。









